“手をつなぐときは”  『LOVE×2な10のお題』より

 


私立王城高等学校は、
中学から大学までの一貫教育を謳っている総合学園の高等部にあたり、
己への誇りを見失わず、人としての品格を大切にするという、
精神面での修養をまずは重んじる、格調高き校風の名門校。
学問のみならず、スポーツ分野への奨励傾向も顕著で、
特にアメフト部は、
日本の、それも学生スポーツ界では今ほどメジャーではなかったろう頃合いから既に、
中等部から部活があるほどという歴史を持っており。
富士山麓に合宿所があるのみならず、
ドイツにも、古城を改造し高低差のある膨大な敷地を誇る、
苛酷なトレーニング向きの桁外れな合宿所を保有。
部員数も常に百人以上という大所帯であるがため、部内での競争も激しいが、
誰もがその実力を認める、トップクラスの選手というのはいるもので。
ずば抜けた運動能力に加え、
ただ黙々と鍛練に励み、自分を伸ばすことへのみ打ち込む、
誰が言い出したか“努力する天才”がいる。
少しでも時間が出来れば筋力トレーニングに勤しみ、
もう少し時間が出来れば、
校外へまでコースを取ってのランニングをして持久力をつけ…と。
現状に満足しないまま、先をばかり見据えている男。
今もそうで、随分と重いに違いないバーベルを、
左右の人差し指だけで宙へホールドしているとんでもない彼が、
それをラックへと戻したのを見届けてから、

 「なあ、進。」

何とかお声を掛けたのは、同じクラスでやはり自習で体が空いた身、
だったら彼と同じよに、トレーニングをするのが得策と、
これもまた刷り込まれてしまっている、練習馬鹿の桜庭で。
こちらさんはベンチに腰掛けてのダンベル運動。
途轍もなく重いものを一気に持ち上げるのではなく、
過重は軽いが連綿と上げ下げを繰り返すというトレーニングをしつつのお声掛け。
何だ?という視線が飛んで来たのへと、
さすがに後ろめたさが出たか、ちょっとほど怯んだものの。
気を抜いている訳ではないのだが、あのその、あのね?

 「あのさ。…最近、セナくんと手とかつないでる?」

こういう話を、なのに何故だか事情が通じているのが選りにも選って彼だけなので、
こういう場でしか口に出来ないのがつらいトコ。
そして、

 「…。」

寡黙なチームメイトが何とも返事をしてくれなかったのは、
生真面目な反発、
神聖な場で何を浮わついたことを言い出すかと思ったからではなく。
はたまた、彼には縁のない話題だからと、
理解不能による思考停止に陥ってしまった訳でもなく。
強いて言うなら、
あまりに突拍子もない話を持ち出されたので戸惑った…というところかと。
それが証拠に、桜庭がじっと見やって“待ち”の姿勢を保っておれば、

 「……ああ。」

ぼそり、お答えが返って来たから、
何でそんなことを他言せにゃならぬと怒りもしない、
馬鹿正直なところがむしろ可愛らしいほど。

 「いいなあ、セナくんってそういうトコ、寛容そうだもんね。」

勿論、照れ屋さんではあろうから凄っごく恥ずかしがってのことだろうけど、
それでも嬉しそうに応じてくれるんでしょ?
幸せそうな図があっさりと浮かんじゃうものね。
昔はどのくらい手加減すりゃあいいんだろうって、
真剣本気で悩んでてたのが嘘みたいだよねぇ、なんて。
本気でうらやましがってるらしいアイドルさんであり、
どうやら…ご自分の恋人さんはそうはいかないところに、
やや焦れておいでであるらしい。

 「芸能人の僕と出歩くのって、
  顔が指すんじゃないかってリスクがあって、ただでさえ落ち着けないから、
  だからそんな目立つこと、とてもじゃないけど出来ないって。」

日頃は“やめて”って皆が止めるほど、
悪目立ちするよなことばっかしてるクセにさ。
相変わらず勝手な理屈で物言う人だから困っちゃうと、
唯一 前説明の要らない相手へ、ここぞとばかりの愚痴を垂れる桜庭で。

 「…。」

黙って聞いてる進なのは、
こっちこそ不慣れなことへの相談などなどで、
いつも何かと世話になってる桜庭のこぼすことだからと、
恩返しも兼ねて聞き役に回って差し上げている…訳でもないようで。

 “手を…。”

訊かれたからと あらためて思い出してみたこと。
小さな想い人のセナとは、毎日のように早朝のジョギング途中で逢ってもいるが、
そんな折には当然のことながら手なんてつながぬ。
機会があるとするならば、
稀に生じる練習のない日の街歩き、雑踏の中でのそれだろか。
歩きのスタンスをついつい緩めぬ進は、
小さなセナとはぐれてしまいかねないからと、
迷子にしない・させないためのリードのように、
互いの手を取り合ってもいたけれど。

 「…。」

そう、実は最近ではそうでもないなと気がついて。
それでちょっと、あのその、うん。
言葉が出にくかったというのがホントの順番だったりし。
だって、手と手だけをつなぐのって、
互いの腕の長さの分だけまだ距離が出来るから。
相手と離れりゃ“ああいけない”って ぐんと引き合うカッコにもなる。
セナの側が引くことはないが、その分慌てて遅れぬようにと駆け寄ってくるし、
進の側とて、力任せに引っ張るのは忍びないと、さすがに思うようになったから。

 「…。////////」←あっ

このごろでは、あのその。
セナの小さな背へと腕を回して、
こちらの身へと添わすよに、小さな彼を引き寄せるようにしているし。
そうでなければセナの側が、
進のシャツの裾やら袖やらという、
微妙に遠いところへ遠慮がちにではあるけれど、
向こうから掴まってくれるようにもなっており。

 “手は、つないではないかな、そういえば。”

いつからだろうね、どうしてだろうね。
意を決してという感のあったこと。
小さなその手へ触れるのへ、随分と決意が要った頃もあった。
肩や背中に触れるのとは確かに意味も違おうが、
そうではなくての、懐ろへまで引き寄せてしまえる今、
手や腕を掴む機会が減ったのは、

 “…。”

意志の発露を封じるような、無理強いを強いるようだからだろか。
力では相変わらず、こっちが負けるはずはない。
それに、セナは進の意志の方をたいがいは優先してもくれていて。
そんな彼だと気づいてからのこっち、
進の側にも変化はあって。

 ―― 大切な人だとの自覚が生まれてからというもの、
     そんな彼をこの手が傷つけるのが殊更に恐ろしい。

武骨な扱いを怖がられたらどうしようか。
か弱い力で、ひくりと震えて…怯えられたらどうしよう。
どこかでそんな風に思うからこそ、
捕まえるような扱いは出来なくなった自分なのかも。
アメフトなんて激しいスポーツをしていることを知らずとも、
セナは決して壊れ物なんかじゃあないのに。
そんな扱いこそ彼へは無礼に違いないと判っているのに。
それでも…こちらこそ怯えてか、知らずそんな態度を取っていたのかも。

 「…って、なあ進、聞いてる?」
 「…っ。」

まだ続いていたらしい、愚痴まがいの言いたい放題を中途で止めた桜庭に、
ハッと我に返った仁王様。
あまりに判りやすい瞬きへ、何を感じ取ったやら、

 「ふ〜ん?」

妙齢の女性なら真っ赤にもなろうほどの至近から、
端正なお顔を近づけてのまじまじと、
何を脇見なんかしてたんだかと、覗き込んでくるアイドルさんであり。

 「セナくんのこと、思い出してた?」
 「…。」

さすがにガードも堅く、視線が揺らぎさえしないところはおさすが。
でもそんなところが、却って是と応じているようなものだとまでは、
まだ練れてはいない“初心者”の君。

 “実はそうだとお軽く言って、笑って済ましゃあいいのにねぇ。”

深刻なレベルで何か考えてましたって、
言ってるようなもんじゃないのと。
そんな判りやすさへこそ、
内心で“くすすvv”と微笑ってしまった桜庭くんであり。
しょうがないなぁ、何かでつまずきでもしてるのかなぁ。
よ〜し、腕により掛けて聞き出しちゃろう。
物によってはセナくんへの働きかけも要るかもしれないから、
そうなったらヨウイチへも協力を請わなきゃねぇ♪…なんて。
どっちが相談を持ちかけた会話だったのやら、
自分の物思いも吹っ飛んでしまったらしい桜庭くんが、
どこか楽しげに微笑った、初夏の昼下がり。
窓の外ではすっかりと青葉も茂った桜の若木が、
風にあおられざわざわと、涼やかなどよもしを立てておりました。





  〜Fine〜  08.6.08.


  *おかしい。
   もうちょっと初々しい話になるはずだったのに。
   この二人でそっちへ持ってこうというのに、
   そもそも無理があったのかなぁ?
   セナくんをちょこっとでも出しゃあよかったと、
   後悔しきりです。(とほほん)

bbs-g.gif**


戻る